日本メノナイト・キリスト教会会議の沿革


日本メノナイト・キリスト教会会議の歴史は、1951年、北米ジェネラル・コンフェレンス・メノナイト教会(General Conference Mennonite Church)から4組の宣教師夫妻と2名の女性宣教師が神戸に派遣されたことに始まります。
北米ジェネラル・コンフェレンス・メノナイト教会は、16世紀、ヨーロッパにおける宗教改革の中から生まれて来たアナバプティスト・メノナイトを霊的祖先とする教会です。アナバプティスト・メノナイト(メノナイト)は、信仰の自由を求めて、ある人々はヨーロッパから、ロシアへ、さらに南北アメリカへと移住し、特に北米で成長しました。北米で設立されたメノナイト教会の中から、さらに海外宣教、高等教育の必要を訴える人々によって作られたのが北米ジェネラル・コンフェレンス・メノナイト教会であり、同教会の海外宣教委員会が、日本に宣教師を派遣しました。日本に派遣された宣教師達は、神戸で日本語を学びながら、住居に隣接するガレージで集会を守りながら、日本における宣教地を祈り求めました。彼らは、祈りと調査の結果、他地域に比べて教会の少なかった九州南部を宣教の拠点に選び、宮崎県での宣教活動を始めたのです。1952年には宮崎市に最初の教会が設立され、北米からさらに多くの宣教師が来日するに伴い、それ以降、宮崎県内各地、さらには大分県、福岡県、広島県へと宣教の働きは広げられていきました。また神戸の集会(教会)の働きも続けられました。1954年には、それまでに設立された各教会が集まり、九州メノナイト協議会(協議会)が発足しました。平行して宣教師団は、1955年にジェネラル・カンファレンス・メノナイト・ミッション(後にジェネラル・カンファレンス・メノナイト宣教団(宣教団)と改名)として宗教法人の認定を受け、宣教活動を活発化させていきました。バイブル・キャンプ場、幼稚園、キリスト教書店(2007年で全店閉店)など働きも広がっていきました。1963年には、その宣教団と協議会の合同会議が始まり、1965年、宣教団と協議会が合併する形で九州メノナイト・キリスト教会会議が発足、1976年に名称を日本メノナイト・キリスト教会会議(教会会議)に変更し、1990年には大型法人となり、宗教法人日本メノナイト・キリスト教会会議として現在に至っています。
この間、教会奉仕者の中心は、北米の宣教師から日本人牧師へと移行し、現在、10名の日本人牧師が各地の教会に遣わされ、教会の働きに従事している。2014年現在で、教会会議に所属する教会は、14の教会、1つの集会であり、それぞれの教会・集会が置かれた地域で宣教の業に励んでいます。
なお日本メノナイト・キリスト教会会議は、日本メノナイト宣教会(JMF)の加盟団体として、国内外の被災地支援にも積極的に取り組んでいます。